Subject: ホームページ拝見しました

以前、このsuzumoto.jpの前身が古式ゆかしいhtml直打ちだった頃、涼元の書いたちょっとした詩や短編小説などのコーナーがあったりしました。今はすっぱり消して黒歴史化しているわけですが、時折「前にあったあれが読みたいんですが」というメールをいただくことがあります。

その中の一篇に、『Subject: ホームページ拝見しました』という実験短編があります。もう十ウン年前、日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞をいただいた後ぐらいに着想ました。URLに誘導するのが目的のSPAMの書式を踏襲するという形体だった関係上、初出はあらかじめ希望された方に捨てアカウントからメールで配信するというちょっと面倒くさいものでした。

インフルエンザが流行る季節に自分でもなんとなく思い出すこともあり、読み返してみたところ、さすがに時代遅れではあるものの自分の原点のひとつがここにあるなあと思い、恥を忍んで再掲載することにしました。今書けばこうじゃないと赤面するところもあるのですが、敢えて当時のままに。今はメールコミュニケーションの重要度が激減していますし、SPAMなんてまともに読まない方が多いとは思うのですが、メールボックスに届く差出人不明の怪文書さえ、得体の知れないどこかに繋がっていた頃の残滓だと思っていただければ幸いです。

 

 

Subject: ホームページ拝見しました
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初めてメールを差し上げる者です。
貴方のホームページは以前から拝見しておりました。幻想小説の書評や日記
などを隈無く読ませていただき、「この方にならわかっていただける」と思い、
こうしてメールを差し上げた次第です。

最初にお断りしておくべきなのは、このメールは非常に冗長で、貴方の貴重な
お時間を浪費させてしまうだろうこと。そして私自身、このようなメールを
読み進めたら、途中で「幼稚な悪戯だ」と憤り、消去してしまうだろうという
ことです。その点を自覚している上でなお、最後までお読みいただくことだけが
私の望みです。幻想や虚構の世界に関して並々ならぬ知識と理解をお持ちの
貴方になら、必ずやそうしていただけると身勝手な確信を抱いております。

私の職場では各自にPCが割り当てられていて、就業時間中も比較的自由に
ホームページを閲覧することができます。ある時、私は親しい同僚から
「とても奇妙なページ」のことを教わりました。

そのページはいわゆるライブカムの映像が24時間流されているだけの
退屈なもので、どこが奇妙なのか最初は理解できませんでした。
リンクも説明文も一切なく、ただドットの荒いカラー動画が中央に
ぽつんと表示されているだけなのです。回線品質も悪く、まったく
映らなかったり接続エラーになったり、それどころかサーバー自体に
接続できないこともしばしばでした。それでいて、「もうなくなって
しまったのか」と思いながら数日後に接続してみると、何事もなかった
かのように復帰しているのでした。

画面はいつも全く同じ、どこかの公園の一画でした。
どうということのない土の広場に、背もたれのひしゃげた木製のベンチが
ぽつんとあり、その両脇を広葉樹らしい木の幹が挟んでいます。左側には
四角と半円を組み合わせたような形のジャングルジムが半分だけ
見えていました。右奥には小さな噴水があって、景気の悪い水しぶきを
ちょろちょろと噴き上げていました。

初めてその映像に惹き込まれたのは初夏の夕方でした。仕事上のいざこざで
気が立っていたせいもありました。私はどうしても合わない出納記録の
チェックを放り出して、ブラウザを立ち上げました。その時何とはなしに、
彼に教わったページに繋いでみたのです。

公園には5人の子供たちがいました。人が映っていたのはその時が初めてだった
と思います。年齢も背丈もばらばらな小学生ぐらいの少年たちが、「田んぼ鬼」
で遊んでいました。土の地面に大きな田の字を描いて、畦道を鬼に捕まらない
ように素早く移動する。私が子供の頃にもあった、素朴な遊びです。
解像度の低い無音のライブカメラでさえ、彼らの生き生きとした笑顔や
囃し立てる声が届いてくるようでした。私はささくれだった気持ちが
落ち着いてくるのを感じていました。オフィスビルが建ち並ぶ一画に、
昔ながらの駄菓子屋があるのを見つけたような、不思議な感じでした。

ほどなく私は、モニターの片隅にライブカムのウィンドウを常駐させておく
ようになりました。私にとってそれはお守りのようなものでした。運が良ければ
映像が映り、さらに運が良ければ子供たちの姿を見ることができます。
公園に来る常連にはいくつか仲良しのグループがあったようです。自転車を
器用に乗り回す子供たちや、ベンチでプラモデルを組み立てる眼鏡の少年、
ごく希に女の子だけがゴム飛びをして遊んでいることもありました。
私が贔屓にしていたのはやはりあの5人組の少年たちでした。彼らに
会えた時には、決まって仕事もスムースに進みました。

同時に妙なことに気づきました。残業中の深夜や昼前に見ても、カメラが
映す公園は決まって、夕方特有の物悲しいオレンジ色に染まっていました。
風に混じりはじめた夕闇の冷たさや、近所の家から流れてくる夕食の匂い。
仲間たちと束の間分かれる時が近づいてくる。だからこそ、半ズボン姿に
野球帽の少年たちは、一夏のセミのように真剣に遊んでいるのです。
残照が子供時代の刹那だけを凝縮したように、彼らの瞳や頬を痛い程に
輝かせていました。それでいて夜は訪れることなく、少年たちはかくれんぼの
延長のように笑いながらフレームから消え、そしてまた現れるのでした。
つまり、そのカメラは夕暮れ時の公園しか映さないのです。

そのようなことが技術的に可能かどうかは私にはよくわかりません。例えば、
光線の具合をうまく補正して夕方らしく見せているとしても、子供たちが昼夜
(こちらの時間でという意味ですが)を問わず公園にいるはずはありません。
映像自体がライブではなくいくつかのシーンを合成してある、あるいは本物
そっくりに作られたコンピュータグラフィックスであるなど、他の可能性も
考えました。しかし問題は、なぜそんなややこしい仕掛けをしてまで、
あの公園を夕暮れ時に保とうとしているかでしょう。

「ページの制作者に事情を訊いてみれば」とお思いのことでしょう。私の同僚も
同じことを考えたようです。問い合わせようにも連絡先はどこにもなく、
サイトマスターはおろかサーバーのある国も、同じサイト内に例のカメラ以外の
ページが存在するかどうかもわからない。子供たちの身なりや映像の雰囲気から、
その公園が日本のどこかにあるだろうこと以外、何一つ明らかにはなっていない。
そのページ、あるいはそのカメラがいつからそこにあったのかさえ全くわからない、
彼はそう言っていました。

少なくとも職場の中では、そのページのことは私と彼以外知らなかったと思います。
私の同僚はもともと現実主義者で、与えられた仕事を黙々とこなすタイプでした。
例の公園のことを話題にする時には、周りの者たちに聞かれないように注意した
ものです。「いい大人が」という照れくささもあったでしょう。軽々しく
他言するべきではないと、何とはなしに思っていたのかもしれません。
ただ、彼が年若い社員たちに、「手つなぎ鬼」とか「だるまさんがころんだ」とか、
自分が少年だった頃の遊びを懐かしそうに話すのを小耳に挟んだことがあります。
その時は「柄にもないことを」と不思議に思ったものですが、今考えればあれが
最初の兆候だったのかもしれません。

私はその公園の謎を解明したいとは思いませんでした。どのみちネットの
向こうにある、無害な映像の話なのです。ただ、あの5人の少年たちに対して、
私と同僚が奇妙な連帯感を持っていたことは事実です。
彼らのいちばんお気に入りの遊びは野球でした。5人で2チームを組む
のですから、変則ルールのいわゆる三角ベースです。キャッチャーはベンチに
立てかけた板切れ、守備に就くのはピッチャーと野手だけで、ランナーに直接
カラーボールを当てればアウトという乱暴なルールも私たちの頃のままでした。
データ入力の片手間に彼らの試合を観戦しながら、同僚と私は「もう少し選手が
いてもいいのになあ」と冗談を言い合ったものです。
いちばん小さな少年は両方のチームのランナー専任で、ボールを当てられる
ことはありませんでした。私が生まれた土地では、そういう役柄のことを
「あめんぼう」と呼んでいました。歳の離れた者同士が遊ぶための子供なりの
知恵だったと思います。現代っ子の彼らにも伝わっているのが意外でもあり、
嬉しくもありました。

ある時、あめんぼうの少年が広場の真ん中にぽつんと立っていました。他の
少年たちの姿はなく、夕風に髪の毛をくしゃくしゃにした彼は、端から見ていても
痛々しくなるぐらい心細そうでした。それでも彼は決してそこから離れようとは
しませんでした。やがて私は気づきました。彼らは缶蹴りの最中なのです。
私にも経験があります。年少の子に何度も鬼を続けさせて、夕暮れ時になったら
何も言わずに帰ってしまうのです。苛めというほどのものではないでしょうが、
残酷なことには変わりありません。少年は命令を言い渡された兵士のような
愚直さで、ちっぽけな空き缶をいつまでも守り続けています。
声をかけられるものなら「早く帰りなさい」と言ってやりたいぐらいでした。
結局彼は1時間ぐらいそうしていました。私は会議のために席を立ち、
戻ってきた時には少年の姿はありませんでした。やっと家に帰ったのだと
ほっとしました。夕暮れだけの世界で彼らがどこに帰るのかまでは、
その場では考えが至りませんでした。

その公園では季節や天候もどこか狂っていました。「日本全国が快晴」と正午の
ニュースが報じている最中でさえ、柔らかい雨が土の地面を湿らせていました。
少年たちは黄色や青の雨傘をジャングルジムに被せて、即席の秘密基地を造りました。
誰かが放っていった玩具のバケツが、ベンチの脇で寂しそうに雨水を貯めていました。
オフィスの窓の外に木枯らしが吹く季節になっても、子供たちは相変わらず
半袖に半ズボンで、素足で噴水に入って水遊びをしていました。注意するような
無粋な人物は現れませんでした。ゲートボールをする老人も、外回りの
サラリーマンも、遊び疲れた我が子を迎えに来る母親も、公園に付き物の大人は
一度も見かけたことがありません。少年たちの服装も遊びそのものも、
物質的に恵まれた今の子供にしてはあまりにも質素で素朴でした。
この公園はそういうところなのだと、私はごく自然に受け入れていました。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
その内に業務が忙しくなりました。家内の出産などの私事も重なって、
公園のページにはほとんど接続しなくなりました。結局のところ、少年時代の
夕暮れ時は追憶の中にあるからこそ切なく美しいのです。ただ、私にURLを
教えてくれた同僚の方は、別の受け取り方をしていたようです。

真冬のある日のことでした。私の部署ではひどい風邪が流行っていて、同僚も
週明けから休んでいました。無遅刻無欠勤がトレードマークの堅物でしたので、
よほど調子が悪いのだろうと思いました。仕事は相変わらず忙しかったのですが、
この日は段取り合わせに手違いがあり、ぽっかりと時間に穴が開きました。
ふと思いついて、私は久しぶりに例の公園に繋いでみました。
淡いオレンジ色の残光に満ちた画面で、いつもの少年たちが三角ベースの野球を
していました。ただひとつ違ったのは、彼らに新しい仲間が加わっていた
ことです。年少の子と同じぐらいの背丈の少年が、長いバットを勇ましく
振り回していました。きっと最近この公園に来て、彼らと打ち解けたのでしょう。
よくあることです。私は心から少年たちを祝福しました。これで3人対3人で、
あめんぼうなしの野球ができるな、と。

翌日、私は上司に呼ばれました。同僚はその日もまた欠勤していました。
仕事の肩代わりを頼まれるのだろうと思った私に、上司は声を顰めて、
「実はあいつは行方不明になっているらしい。心当たりはないか」と訊きました。
日曜日の朝、家族に「用事がある。夕方までには戻る」とだけ言い残してどこかに
出かけ、それきり連絡が取れなくなったという話でした。警察が捜査したにも
関わらず、同僚の行方は依然として知れません。家庭が崩壊寸前だったらしい
ことや、少なくはなかったローンの支払いのことなど、興味本位の噂がいくつも
流れましたが、私は他の者たちとは全く違う理由を考えていました。

貴方にならもうおわかりでしょう。それは絶対にありえないことです。
                                      ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
しかし、私は調べるだけ調べてみようと思い立ちました。
調査は簡単ではありませんでした。いくつもの方法を試みては挫折するうちに、
遊具にしても噴水にしても、市役所の担当部署で厳密に管理されていることを
知りました。根気強く問い合わせた末、あの映像によく似た公園がとある場所に
実在することを突き止めました。

明日そこに行ってみるつもりです。私の住んでいる土地からなら、夕方までには
往復できる町です。同僚の行方に関する手掛かりが何かつかめればと思います。
もっとも、「あのベンチや噴水やジャングルジムが実在するなら、この目で
直に見てみたい」という気持ちがないと言ったら嘘になりますが。

私の話はこれで終わりです。
正直、送信するべきかまだ迷っています。恐らく送ってしまうことでしょう。
お返事を書いていただく必要はありません。そちらにお気を遣わせたり、
面倒事に巻き込んでしまうのは私の本意ではありません。ですから敢えて署名は
省略させていただきます。

ただ、貴方にこのような戯言を打ち明けた人間がいたということ、それだけは
心の隅に留めておいていただければと思います。万が一、私が帰れないような
状況に陥ってしまったとして、誰かが私の足取りを真剣に追ったなら、あるいは
貴方のホームページに行き当たるかもしれません。そのぐらい、貴方と私は
近しい存在のように感じております。

それでは、失礼します。
勝手な話を長々と並べ立てましたことをどうかお赦しください。

 

 

追伸
上の文面を書いた後、私なりに悩みました。ここまで打ち明けておきながら、
いちばん肝心なことを伏せておくのはフェアではないように思えます。
恐らく貴方はこの話の真偽を疑っている、あるいは体のいい悪戯だと
思っていることでしょう。面白半分で試してみるのはお勧めしません。
本当にそれが映ってしまった時のことをよくお考えになった上で、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
以下のURLをご覧になるかどうか判断してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

http://www.p-world.com/~eo02YUr93aV/5819/001/live.html

2017年の幕開け短信

明けましておめでとうございました。
ご挨拶に代え、正月帰省の様子を少しだけ。

娯楽の殿堂エスパルスドリームプラザと観覧車

娯楽の殿堂エスパルスドリームプラザと観覧車

 

木彫りのパルちゃん&オレンジだるま&至るところに貼ってあるJ1昇格祝賀幕

木彫りのパルちゃん&オレンジだるま&至るところに貼ってあるJ1昇格祝賀幕

 

観覧車から観るヨットハーバーと快晴の富士山

観覧車から観るヨットハーバーと快晴の富士山

 

正月仕様で榊と御神酒をお供えした実家神棚&段ボール製即席猫返し

正月仕様で榊と御神酒をお供えした実家神棚&段ボール製即席猫返し

 

神棚を襲撃しに行けず不満顔の実家猫くろこさん

神棚を襲撃しに行けず不満顔の実家猫くろこさん

 

頂き物のハム含有率が高い涼元家おせち2017

頂き物のハム含有率が高い涼元家おせち2017

 

某所で拝んだ日の出の様子

某所で拝んだ日の出の様子

 

 

ともあれ、今年もよろしくお願いします。

宇宙ノ卵

年の瀬、蒸れて汗ばむほどの雨が降る夕方。
都島での所用を終えて、中崎町駅で地下鉄を降りた。
雨に打たれながら路地に入り、目当てのお店、Guignol (ギニョール)を探す。
この界隈は、昔からの民家を洒落たカフェやギャラリーに改装しているので有名だけど、まさにそのうちの一軒という感じの小さなお店だった。
折りたたみ傘を畳み、汗をふきふき店内に入ったとたん、圧倒された。
天文や宇宙をモチーフとしたアクセサリーを販売しているそうで、青い小物が狭い店内にびっしりと飾られている。そういうものがあるのは知っていたけれど、こんなまとまった数を目の当たりにするのは初めてで、別の意味で宇宙酔いしそうになる。
訪れた目的は決まっていた。
星屑屋魔法雑貨店さまの作品、『宇宙ノ卵の標本』。
卵の殻の内側を生まれたばかりの宇宙に見立てた、少しでも手荒く扱えば簡単に壊れてしまいそうな、それでいて強い存在感を放つ作品。
明石市立天文科学館に飾ってあった同工のバリエーションを見て、自分も欲しいなあ、でも一品ものだろうし難しいだろうなあと思っていたら、今回の天体観測展のことをギリギリで知り、まさにその機会に恵まれた。
値段や在庫はもちろん、そもそも展示があるかわからないし……と不安になりつつ見渡すと、正面の棚に呆気なく飾られていた。ご褒美か。
青いリボンがかけられたニス塗りの木箱、中に収まっているのは、まごうことなき『宇宙の卵』。
殻の内側に映える深い藍色、生まれたばかりの水晶柱と時計のムーブメント、とろんとした水面の奥、宇宙そのものの台座のように、大きな歯車が顔を覗かせている。
一にも二もなく購入決定。と、すんなり行くはずが、問題は件の標本箱が二つあったこと。
今はまだ孵ったばかりでもなにせ相手は宇宙、二つも三つもあると成長した時置き場に困るので、どちらかを選ばないといけない。
こっちは水晶が透き通っていて育ちぶりが綺麗だし、病気や事故なく育ちそうだけど、ムーブメント部分がやや弱々しいのが気になると言えば気になるか。で、こっちは水晶がちょっと小降りで気泡が多い。でも、歯車の噛み合わせ的に賢い宇宙に育ってくれそうな気がする……
仔猫を譲ってもらうノリでしばし黙考する。(標本にしてあるんだからもう育たないだろうというツッコミはナシで)
二階のギャラリーと他の作品も覗かせてもらってクールダウンした後、二つの卵の面前でさらにじっくり考える。よし、こっちにしよう。
会計を済ませて、雨用に丁寧な梱包をしてもらい、店を後にした。
夕闇が近づく中、強くなってきた雨でずぶ濡れになりながら、自分は今、宇宙の卵を持って家に帰る途中なんだと考える。
それだけで妙にそわそわとした、愉しい気分になった。

宇宙ノ卵 標本箱

そして今、『宇宙ノ卵』は涼元宅、書斎の机上にある。

 

宇宙の卵

グレた宇宙にならないように、大切に見守らないと。

 

Guignol & JAM POT 天体観測展 宇宙や天文をモチーフにしたアクセサリー、オブジェ、雑貨の展示販売イベント 12月25日(日)までなので、ご興味を持たれたならお早めに。アクセサリーは基本女性向けですが、例えば稲垣足穂あたりが好きな向きなら「おっ」と思うものが沢山ありました。

昼の明星と薄暮の燕

先日の浜松訪問時、宿を提供してもらった旧友が来阪したので関西案内を買って出た。
行き先は当然明石。JRの駅から線路沿いの路地を東進すれば見えてくるいつもの建物、明石市立天文科学館。でも今日はどこか様子が違う。

明石市立天文科学館観測ドーム

屋上にある天体観測ドームのスリットが真っ昼間から開いている。ということは……

宇宙開闢の歴史を1年に見立てた展示を眺めつつ、らせん階段をじりじりと登り、16階に到達。そこで待っていたのは……

西村製作所製40cm反射望遠鏡@明石天文科学館

西村製作所製40cm反射望遠鏡。つまり、イエナさんならぬ西村さん。

視野に導入されていたのは昼間の金星。青空をバックに、真っ白でほんの少し縁が欠けた星が、どこか気恥ずかしそうに、控えめに映えているのを見た。

それから、顔馴染みの投影機にご挨拶。

カールツァイス・イエナ社製プラネタリウム投影機  UPP23/3 ネームプレート 『JENA』

その回の解説は落ち着いていて心地よい女性の声。諸注意、天頂の位置、北極星の位置、太陽から一番星、日没、今宵の夜空と進み、『目をつぶってください』に誘われて……満天の星空。いつ来ても変わらない、優美で穏やかな星々の輝き。

10月の投影プログラムは『キトラ古墳に描かれた星空』。石室の天井に描かれていたという古代中国の星座の再現。圧巻だったのは、歳差軸を動かして、天の北極の位置をキトラ古墳に描かれた当時まで遡らせるという趣向。まさに、『プラネタリウムはタイムマシンでもあるんです』の再現。本当にいい投影を見た。お勧め。

相変わらず充実している展示物と、地元の学生さんの力作自由研究展示を興味深く拝見した後、科学館を辞す。明石市街で名物玉子焼きとビールで腹ごしらえして、三宮に河岸を代える。

午後4時過ぎ。夕暮れが近づくポートターミナルで行われていたのは、川崎重工創立120周年記念展

旧日本陸軍 三式戦闘機 飛燕

旧日本陸軍 三式戦闘機 飛燕。

太平洋戦争時、ドイツのダイムラー・ベンツ社製液冷エンジンを日本でライセンス生産したハ40、それを独自に高出力化したハ140を搭載した改良型。ハ140を積む飛燕二型の生産数は100に満たない。産みの親である川崎重工が社を挙げたプロジェクトとしてレストアした機体の展示。

第一印象は『大きい』。普段暮らしていて、戦闘機を間近にする機会はない。それから、一人の人間を空で戦わせるための仕組みとして、この規模とこの価値は適正だったのかどうか、そんなことに思いを巡らす。

でも……理屈はどうあれ、美しい形。そう感じるのも動かしようのない事実。必要以上に美化する必要も、卑下する必要もない。目前に再現されている翼とその心臓そのものが、誇らしげに、控えめに、そう語りかけてくる。

傍らに展示された新旧カワサキ製過給器搭載バイクもまた同様に美しかった。あの怪物たちにまたがってアクセルを全開しろと言われたら、同じ感想を言えるかどうかは別の話だけれど。

カワサキ 750ターボ

 

カワサキ H2R スーパーチャージャー

諸々堪能した後、ポートライナーを逆に辿って三宮から帰路についた。
充実しまくりの一日。歩きすぎた翌日は筋肉痛気味だったけれど、悔いはなし。また行こう。

大変お久しぶりの涼元です。ようやく色々と復活気味です。
シナリオとして参加しました うたわれるもの 二人の白皇 も無事発売されまして、漏れ聞こえてくる感想に戦々恐々しています。超大作のフィナーレを飾る壮大なストーリーにおいて、複雑に張り巡らせた伏線やニンゲン関係や、その他の色々なアレコレはまた落ち着いたら言える範囲でお伝えするとして。

古巣の話題で恐縮なのですが。
劇場版 planetarian ~星の人~、2016年にしてただ今上映中です。正直状況が未だ飲み込めず、あり得ない距離からレールガンを射ち込まれたような心持ちであります。
実は、映画館で購入できるパンフレットで、涼元もインタビューに答えさせてもらっています。
で、涼元がキネティックノベル/小説執筆時に使用したplanetarian世界の年表というものがありまして、映画版制作段階で参考になればとご提供したのですが、インタビューの脇にそっくりそのまま掲載していただくことになりました。のですが。
改めて読んだら誤字やらミスやら山盛りで、提供者として顔を真っ赤にしているところです。 劇場版 planetarian ~星の人~ の公式サイトで正誤表を掲載していただきましたので、パンフレットをお持ちの方はお引き合わせいただけますと幸いです。

で、ここからは蛇足気味にダラダラと。
月面港うんちゃらは本筋とは関係ない些末なこだわり(とはいえ、マレ・ネクタリス制圧作戦の辺りは独立して小説に仕立てたいなあとか思ったりもしてたので)としても、松菱と花菱なんて全置換して直したはずなのに、なんでしれっと残っているのか。地元を封印都市にされた浜松市民の皆様の怨念でしょうか。ホントすみません。

他にもタイムテーブル的に微妙に揺れているイベントもあるかと思いますが、基本それぞれの作品内で示される時点が『史実』ということでお願いします。

あと、最新の研究によるとケンタウルス座α星に惑星は存在しないらしいのですが、松、じゃなかった、花菱デパートが経営破綻していない世界線のアルファケンタウリにはフツーに惑星が存在します。鎌倉幕府の設立は1185年ではなく1192年で、大阪府堺市にあるのは大仙陵古墳ではなく仁徳天皇陵で、ニンジンに多く含まれる栄養素はカロテンではなくカロチンで、脊椎動物の祖先はハイコウイクティスでもミロクンミンギアでもなくピカイアです。そういう世界線なんです。諸々お察しください。

それではまた……って、これだけというのも愛想なしなので。
お詫びとして、planetarian絡みのヨタ話でこの辺は面白いんじゃないかなーと思うところをアンオフィシャルでひとつだけ。
以下、超絶ネタバレなので、配信版、劇場版、キネティックノベル版、その他いずれかのplanetarian本編(とできれば外伝小説)を観賞済みの方だけスクロールしてお進みください。



















★なぜプラネタリウム館のスタッフはゆめみの主電源を落としていかなかったか?

「あんなグダグダな嘘つかずに、さっさとゆめみの電源落として避難すればいいのに」
もっともな疑問です。
「電源落とせるんならそうするだろうから、何か理由があるんだろうなあ」と優しく流していただいてる方も多いと思いますが、折角ですので一講釈お付き合いください。

大前提として、ゆめみの主電源を落とすには、登録者(館長以下数名)の『生体認証』と許可が必要になります。これは通りすがりに「ポチっとな」とされないようにで、この時代の接客用のロボットとしては標準的な運用です。
『位置把握端末』による強制停止もできますが、これも送出側に認証キーが必要なので、誰でもできるわけではありません。

※メモリカードの取り外し(内部ロック解除)も登録者認証と許可が必要なのですが、例の場面でゆめみ単体でそれができたのは……っとと、これは別の話でした。

物理的な緊急停止ボタンもどこかにあるはずです。後頭部か首の後ろ(これだと現実のPepper君と同じ場所ですね)辺りになるでしょうか。イタズラ防止に押した人間が特定される仕組みがあるかもしれません。
『ロボット法』に準拠した機体同士なら、相互に停止信号を発行することができますが、これは暴走状態に陥ったと判断された機体にのみ送出される最後の手段です。
また、ゆめみが自己判断で自分の主電源を落としたり、再起動することもありえます。
いずれにせよ、主電源オフからの初期起動時には登録者による認証が必要になります。(システムクラッキング防止のためです。スリープ/サスペンドなら基本的に不要)

問題の場面では館長はじめスタッフ一同がゆめみに相対していましたので、あそこで主電源を落としてしまうことはもちろん可能でした。
ではなぜそうしなかったのか?

ゆめみ(および似たような境遇にあったごく少数)以外の『ロボット』は開戦から数日ぐらいの間に全て機能停止しています。
オーナーが自主的に主電源を落とした場合がほとんどですが、そうでない場合は『強制停止信号』を受けてのものです。これは敵側にロボットをクラッキングされるのを防ぐための措置でした。 

※他にも、「極秘裏にカスタムメイドされたロボット法無視の違法機体」なら強制停止を無視して稼働している可能性があります。要はあそこんちの方々です。

ではなぜ、ゆめみだけは強制停止を免れたのでしょう?
戦争が不可避の情勢になった頃、『ロボット法』が改正されました。
その結果、全ての民生用自律ロボットについてあるシステムアップデートが法的に義務づけられ、実行されました。

サポートセンターを通さずとも、国家機関からの一斉信号を受けたら無条件に機能停止する機能の追加。それも通常の強制停止ではなく、重要回路を故意に焼き切るように高負荷をかけ、再起動不能にするレベルで……早い話、「国が出した集団自殺命令に絶対服従する」コマンドの実装です。

単にクラッキング防止のためなら明らかに過剰措置であり、心情的、運用的な反発が起こりました。ですが、なにせ法的義務と刑事罰を伴う「国家非常時に伴う命令」です。誤魔化そうとしても、未アップデートの機体はオンラインでチェックされるので、従う他ありません。

それでも、「うちの可愛いロボットにそんな残酷なコマンドは絶対に入れさせない!」と裏でいろいろ画策したエンジニアたちも存在しました。

開戦前の段階で、ゆめみは相当古いタイプのロボットでした。
自前のAI(というには色々お茶目ですが)と記憶装置を内蔵する『半独立稼働機』で、サポートセンターに依存せずに判断し、行動することもできます。また、不慮の事態で野良ロボット化するのを防ぐため、『ゆめみのような業務支援用機』の行動範囲は登録された『職場から半径3km以内』と定められています。

半独立稼働機は整備コストがかかる上にAIの性能や拡張性が低いため、安定したネットワーク接続が保証されない極限作業用など、特殊用途のみに用いられるようになりました。
ゆめみ後の世代のロボットは、サポートセンターとの通信が飛躍的に高速化/安定化されているので、自身はAIを持たない『遠隔頭脳機』が主流になっています。

※民生用のロボットは『ロボット法』によってサポートセンターとの常時ネットワーク接続が義務づけられているので、完全独立稼働機は建前上存在しません。

遠隔頭脳機はユーザーレベルで基本ソフトを改変することは不可能なので、アップデートを防ぐ手立てはありません。
旧タイプの半独立稼働機なら、相応の技術者と設備があれば不可能ではなく……当初からゆめみの実働『データをメーカーに提供』していた花菱デパートプラネタリウム館にはそれがあったわけです。

元々ゆめみは、重要アップデートで基本的な『性格が変わって』しまうのを防ぐために『自動アップデート機能を物理メディアのみ有効にして』あり、システムアップデートや基本データベースへの情報追加を現場レベルで取捨選択できるようになっていました。それに加えて、専属のロボット技術者『三ヶ島吾朗』の手によって、オンラインアップデートを無効にした事実自体をサポートセンターに悟られないよう細工されました。ゆめみ自身が『自己診断プログラム』でその改変を異常と認識することもありませんでした。

※もちろん本来禁止されている運用であり、『既知のバグ』=過剰なおしゃべり属性がそのまま残っていて、ゆめみがそれを『機体固有の仕様』と認識しているのもこれが理由です。メーカー側は恐らく好意から見て見ぬふりをしていたのだと思われます。

ですがこれだけでは足りません。
「自殺コマンド」実装は最高特権レベルでの優先度なので、一度でもゆめみの電源を落としたり、再起動してしまえば、初期起動プロセスで自動的かつ強制的にアップデートされてしまう。アップデートを防ぐために物理的にネットワークを切断したまま起動すれば、起動チェックで機体認証ができないので再停止してしまう。(これは『ロボット法』による制限。遠隔頭脳機はネットワークが一定時間切断されると問答無用でスリープモードに入り、ネットワーク回復時にシステムのパリティーチェックと機体認証が入る仕様)

……こればかりは技術者でも防ぎようがありません。

こちらは当座、力業で対処することにしました。
つまり、絶対にゆめみの主電源を切らず、サスペンド/スリープのみで運用するわけです。
ゆめみがいかなるOSで動いていたかは定かではありませんが、Windows10アップグレードちゃんの末裔との戦いは、2049年にも連綿と続いていました。

この頃、世界はもう戦争不可避の状況に陥っていました。
『250万人目のお客さま』に精魂込めた『特別投影』を見せることで、戦争への流れに自分たちなりに抗おうとしていた……であろうプラネタリウム館のスタッフたちも、いざという時のことを考えなくてはならなくなりました。
最悪都市放棄になれば、幾万という人々が一斉避難する状況となります。自分たちにとってどんなに大切な存在であっても、対外的には『備品』でしかないゆめみはプラネタリウム館に放置していくしかありません。

ゆめみはといえば、そんな事情は知りませんし、知らされてもいません。
オンラインアップデートが無効となっているせいもあり、ゆめみの『基本データベース』に差し迫った戦争に関するデータが追加されることはありませんでした。
客入りの少なさを同僚たちと嘆きつつも、普段通りの笑顔とおしゃべりで業務にいそしんでいます。

「わたしが思いますに、そろそろ250万人目のお客さまのための花束をご用意するべきかと思うのですが」
「……まだ早いから。ゆめみちゃん、せっかちすぎるから」
「そうですか。承知しました」
「でも、250万人ってまだ全然先ですよね。鯖読んじゃったらいいのに」
「鯖読むというのは、自分の利益になるように数値を操作する不正だと理解していますが」
「不正とは限らないよ。お客さんが喜んでくれるならちょっとぐらいはいいと思うなー」
「そうなんですか」
「そこっ! ゆめみに変なこと教えない!」

そんな会話を交わしながら、『特別投影』のための台本を皆で練っていたのかもしれません。
プラネタリウムを訪れた数少ないお客さんたちも、いつも通りにゆめみに接します。

「本当に綺麗な星空でした。心が洗われるぐらい」
「今度は友達たくさん連れてくるから、それまで元気で頑張ってね」
「絶対また来るからね、ゆめみちゃん」

世界情勢への怨嗟や戦争への不安をゆめみ相手に話す人は……恐らく、ほとんどいなかったでしょう。暗雲が覆いはじめた世界で彼らが見たかったものはただ、いつも変わることのない満天の星空と、ゆめみの笑顔だったのですから。
ゆめみの『蓄積データベース』さえも、平和な時代そのままに保たれ続けていました。

戦争の陰は日に日に色濃くなっていきます。
ある日、花菱デパートと近辺の施設いくつかに軍事用の警戒アンテナ網が敷設されました。それは同じく軍事用の電源ケーブルに接続され、花菱デパートの状況に関わらず安定稼働することが可能でした。もちろん、たとえ戦時中でも電気は変わらず供給されるはずです。

機械いじりをする方ならご存じの通り、機械というものは時々は動かしてやらなければ調子を崩すし、放っておけばいつか動かなくなってしまいます。ロボットも例外ではありません。

たとえ戦争が起こっても、ゆめみを機能停止に陥らせることは決してしたくない。

そう考えたスタッフたちは、ある計画を秘密裏に実行します。
軍用の電源ケーブルにプラネタリウム館の配線を接続し、ほんの少しずつの電力を『盗電』できるようにしました。
最低限の空調とスリープモードの維持、それに、ゆめみが自分のコンディションを保つために定期的に稼働できるだけ。
見つかったら重罪……どころか、花菱デパートの母体企業の立場さえ危うくなる行為です。ですが、そうせずにはいられませんでした。

もちろん、ゆめみの全バックアップデータはどこかにぬかりなく保存されていたことでしょう。
対応する筐体を用意すれば、新品まっさらの『ほしのゆめみ』が動き出します。目の前にあるポンコツ廉価版の個体に拘る必要は全くないわけです。でも、そんなことは百も承知で、スタッフたちは不合理きわまりない、ある意味で空しい奮闘を続け、そして、打ちのめされました。

2049年8月、大戦が勃発し、彼らの都市を遺伝子細菌兵器が襲いました。

職場に詰めていた彼らがまず大急ぎで行ったのは『イエナさん』こと投影機の『防錆』処理でした。
消費電力から考えて、定期稼働させることは断念せざるを得ませんでした。
そして、ゆめみのために手を尽くします。
都市封鎖の期間は最低でも三ヶ月……検疫部隊の兵士からそう聞き出したプラネタリウム館のスタッフたちは、その晩からのゆめみの稼働設定を「年に一度、11月1日から一週間、一日15時間」と決めました。予想される最低電力供給量と充電機能のバランスを突き詰めると、それが最善の選択でした。
『空調の効いた、密閉された部屋』と、『一年に一度、一週間だけの作動設定』。
はるか未来、『屑屋』の青年が『故意なのか偶然の産物なのか、俺に知る術はない』と感じた『奇跡』のような状況は、こうやって整えられたのかもしれません。

今、プラネタリム館のスタッフたちには、もうひとつだけ為すべきことが残っています。
携帯を義務づけられたガスマスクを手に、彼らはゆめみに伝えます。

『わたしたちね、しばらくみんなで…旅行に行くことになったの』

別れの前、皆で申し合わせたはずの、『楽しい旅行』の嘘さえ、上手にゆめみに伝えられなかったスタッフたち。
『宇宙に羽ばたく人類の夢』を『お客さま』に伝える役目のロボットに、人類の愚かさや醜さなんて伝えたくはなかったのでしょう。

『私たちは、必ず戻ってくる。だれひとり欠けることなく、必ずここに戻ってくる。その時はまた、一緒に働いてくれ』

三ヶ月後か一年後か五年後か、あるいは十年後か、それはわからない。でも、いつか戦争が終わり、自分たちがプラネタリウム館に戻ってきた時。
スリープモードから目覚めさせたゆめみに、ただいつもの平和な日常通り、笑顔で迎えてほしかった。

「みなさん、お帰りなさい。楽しいご旅行でしたか?」

かけがえのない同僚のロボットをめぐって、花菱デパートプラネタリウム館のスタッフたちが最後に夢見たのは、きっとただ、それだけだったのでしょう。




もちろんこれはオフィシャルな情報ではなく、あくまで一解釈、あるいは妄想のひとつではありますが。
貴方自身のplanetarianを組み立てる上でのささやかなオプションパーツとして、心の隅に留めていただけたら幸いです。

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