2011年4月アーカイブ

街角

ひさしぶりに、『美術品』を買った。

新聞の片隅、小さな白黒写真で見て一目惚れし、販売を兼ねた個展に足を運んだ。当然一点ものだろうし、自信作だからこその掲載であって…まあ売約済みを見られるだけでもと思いつつガラスドアを開けて入ると、既に買われてしまったらしいいくつかの空きスペースに囲まれ、そこに蹲っていた。
逸る心を抑え、ギャラリーのスタッフに購入の旨を伝え、取るものもとりあえず引き取らせてもらった。

街角 百木一朗

『街角』 という作品。作者は百木一朗氏
信楽の素焼きで、土はこの色合いを出すために細やかにブレンドしてあると聞いた。

大きくはない。ちょうど掌に乗るぐらい。中庭部分が区切ってあってペン立ての機能も持たせてあるけれど、それはたぶんある種のアリバイだ。実用にするのは野暮だろう。振ってみるとカサカサと乾いた軽い音がする。「中の空洞に土の欠片が入ったまま焼き締めてしまったから失敗作なんです」と作家さんは笑っていたけれど、まるでだれかが現に暮らしているようで、むしろ好ましく感じた。

このところ傍らに置き、毎晩ためつすがめつしている。
濃い夕暮れを纏わせたような色とざっくりと削ったような風合い、異国の建築、見たはずはないのに懐かしい印象は、アンバランスに小さく、地面から高い窓のせいもあるだろう。あの頃、街の全てが高く、大きく見えた。誰もいない路地の突き当たりにはのっぺりとした壁が聳えて、迷い込んだ子供に『ここから先は別の世界』とぶっきらぼうに教えていた。

大きな煙突の脇、あの高窓には男の子が佇んでいる。彼は生まれてからからずっと、その部屋から出たことがない。窓から身を乗り出すよう見下ろせば、細い階段が地上へと続いている。でも、そこに行くまでの道筋はわからない。飛び降りることもできそうにない。それどころか、彼のその窓からは、彼の住む屋敷がどんな大きさで、どんな形をしているのかさえ、知りようがないのだ。

もうひとつの高窓には、女の子が住んでいる。
彼女も生まれてからずっと、その部屋以外を知らない。だからいつでも遠くを見つめている。はるかに煙る夕暮れの街々、波のような屋根の海に自分のこころを重ね、いつでも溜息をついている。

ほんの少し離れたところ、たった数枚の壁を隔てたところ、やがては手を取り合ってあの階段を目指す男の子/女の子がいることを、二人はまだ知らない…

そんなことを考えながら盃を傾けると、なかなかに酔える。
いい縁をもらい、買い物をした、と思う。

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