Subject: ホームページ拝見しました

以前、このsuzumoto.jpの前身が古式ゆかしいhtml直打ちだった頃、涼元の書いたちょっとした詩や短編小説などのコーナーがあったりしました。今はすっぱり消して黒歴史化しているわけですが、時折「前にあったあれが読みたいんですが」というメールをいただくことがあります。

その中の一篇に、『Subject: ホームページ拝見しました』という実験短編があります。もう十ウン年前、日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞をいただいた後ぐらいに着想ました。URLに誘導するのが目的のSPAMの書式を踏襲するという形体だった関係上、初出はあらかじめ希望された方に捨てアカウントからメールで配信するというちょっと面倒くさいものでした。

インフルエンザが流行る季節に自分でもなんとなく思い出すこともあり、読み返してみたところ、さすがに時代遅れではあるものの自分の原点のひとつがここにあるなあと思い、恥を忍んで再掲載することにしました。今書けばこうじゃないと赤面するところもあるのですが、敢えて当時のままに。今はメールコミュニケーションの重要度が激減していますし、SPAMなんてまともに読まない方が多いとは思うのですが、メールボックスに届く差出人不明の怪文書さえ、得体の知れないどこかに繋がっていた頃の残滓だと思っていただければ幸いです。

 

 

Subject: ホームページ拝見しました
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初めてメールを差し上げる者です。
貴方のホームページは以前から拝見しておりました。幻想小説の書評や日記
などを隈無く読ませていただき、「この方にならわかっていただける」と思い、
こうしてメールを差し上げた次第です。

最初にお断りしておくべきなのは、このメールは非常に冗長で、貴方の貴重な
お時間を浪費させてしまうだろうこと。そして私自身、このようなメールを
読み進めたら、途中で「幼稚な悪戯だ」と憤り、消去してしまうだろうという
ことです。その点を自覚している上でなお、最後までお読みいただくことだけが
私の望みです。幻想や虚構の世界に関して並々ならぬ知識と理解をお持ちの
貴方になら、必ずやそうしていただけると身勝手な確信を抱いております。

私の職場では各自にPCが割り当てられていて、就業時間中も比較的自由に
ホームページを閲覧することができます。ある時、私は親しい同僚から
「とても奇妙なページ」のことを教わりました。

そのページはいわゆるライブカムの映像が24時間流されているだけの
退屈なもので、どこが奇妙なのか最初は理解できませんでした。
リンクも説明文も一切なく、ただドットの荒いカラー動画が中央に
ぽつんと表示されているだけなのです。回線品質も悪く、まったく
映らなかったり接続エラーになったり、それどころかサーバー自体に
接続できないこともしばしばでした。それでいて、「もうなくなって
しまったのか」と思いながら数日後に接続してみると、何事もなかった
かのように復帰しているのでした。

画面はいつも全く同じ、どこかの公園の一画でした。
どうということのない土の広場に、背もたれのひしゃげた木製のベンチが
ぽつんとあり、その両脇を広葉樹らしい木の幹が挟んでいます。左側には
四角と半円を組み合わせたような形のジャングルジムが半分だけ
見えていました。右奥には小さな噴水があって、景気の悪い水しぶきを
ちょろちょろと噴き上げていました。

初めてその映像に惹き込まれたのは初夏の夕方でした。仕事上のいざこざで
気が立っていたせいもありました。私はどうしても合わない出納記録の
チェックを放り出して、ブラウザを立ち上げました。その時何とはなしに、
彼に教わったページに繋いでみたのです。

公園には5人の子供たちがいました。人が映っていたのはその時が初めてだった
と思います。年齢も背丈もばらばらな小学生ぐらいの少年たちが、「田んぼ鬼」
で遊んでいました。土の地面に大きな田の字を描いて、畦道を鬼に捕まらない
ように素早く移動する。私が子供の頃にもあった、素朴な遊びです。
解像度の低い無音のライブカメラでさえ、彼らの生き生きとした笑顔や
囃し立てる声が届いてくるようでした。私はささくれだった気持ちが
落ち着いてくるのを感じていました。オフィスビルが建ち並ぶ一画に、
昔ながらの駄菓子屋があるのを見つけたような、不思議な感じでした。

ほどなく私は、モニターの片隅にライブカムのウィンドウを常駐させておく
ようになりました。私にとってそれはお守りのようなものでした。運が良ければ
映像が映り、さらに運が良ければ子供たちの姿を見ることができます。
公園に来る常連にはいくつか仲良しのグループがあったようです。自転車を
器用に乗り回す子供たちや、ベンチでプラモデルを組み立てる眼鏡の少年、
ごく希に女の子だけがゴム飛びをして遊んでいることもありました。
私が贔屓にしていたのはやはりあの5人組の少年たちでした。彼らに
会えた時には、決まって仕事もスムースに進みました。

同時に妙なことに気づきました。残業中の深夜や昼前に見ても、カメラが
映す公園は決まって、夕方特有の物悲しいオレンジ色に染まっていました。
風に混じりはじめた夕闇の冷たさや、近所の家から流れてくる夕食の匂い。
仲間たちと束の間分かれる時が近づいてくる。だからこそ、半ズボン姿に
野球帽の少年たちは、一夏のセミのように真剣に遊んでいるのです。
残照が子供時代の刹那だけを凝縮したように、彼らの瞳や頬を痛い程に
輝かせていました。それでいて夜は訪れることなく、少年たちはかくれんぼの
延長のように笑いながらフレームから消え、そしてまた現れるのでした。
つまり、そのカメラは夕暮れ時の公園しか映さないのです。

そのようなことが技術的に可能かどうかは私にはよくわかりません。例えば、
光線の具合をうまく補正して夕方らしく見せているとしても、子供たちが昼夜
(こちらの時間でという意味ですが)を問わず公園にいるはずはありません。
映像自体がライブではなくいくつかのシーンを合成してある、あるいは本物
そっくりに作られたコンピュータグラフィックスであるなど、他の可能性も
考えました。しかし問題は、なぜそんなややこしい仕掛けをしてまで、
あの公園を夕暮れ時に保とうとしているかでしょう。

「ページの制作者に事情を訊いてみれば」とお思いのことでしょう。私の同僚も
同じことを考えたようです。問い合わせようにも連絡先はどこにもなく、
サイトマスターはおろかサーバーのある国も、同じサイト内に例のカメラ以外の
ページが存在するかどうかもわからない。子供たちの身なりや映像の雰囲気から、
その公園が日本のどこかにあるだろうこと以外、何一つ明らかにはなっていない。
そのページ、あるいはそのカメラがいつからそこにあったのかさえ全くわからない、
彼はそう言っていました。

少なくとも職場の中では、そのページのことは私と彼以外知らなかったと思います。
私の同僚はもともと現実主義者で、与えられた仕事を黙々とこなすタイプでした。
例の公園のことを話題にする時には、周りの者たちに聞かれないように注意した
ものです。「いい大人が」という照れくささもあったでしょう。軽々しく
他言するべきではないと、何とはなしに思っていたのかもしれません。
ただ、彼が年若い社員たちに、「手つなぎ鬼」とか「だるまさんがころんだ」とか、
自分が少年だった頃の遊びを懐かしそうに話すのを小耳に挟んだことがあります。
その時は「柄にもないことを」と不思議に思ったものですが、今考えればあれが
最初の兆候だったのかもしれません。

私はその公園の謎を解明したいとは思いませんでした。どのみちネットの
向こうにある、無害な映像の話なのです。ただ、あの5人の少年たちに対して、
私と同僚が奇妙な連帯感を持っていたことは事実です。
彼らのいちばんお気に入りの遊びは野球でした。5人で2チームを組む
のですから、変則ルールのいわゆる三角ベースです。キャッチャーはベンチに
立てかけた板切れ、守備に就くのはピッチャーと野手だけで、ランナーに直接
カラーボールを当てればアウトという乱暴なルールも私たちの頃のままでした。
データ入力の片手間に彼らの試合を観戦しながら、同僚と私は「もう少し選手が
いてもいいのになあ」と冗談を言い合ったものです。
いちばん小さな少年は両方のチームのランナー専任で、ボールを当てられる
ことはありませんでした。私が生まれた土地では、そういう役柄のことを
「あめんぼう」と呼んでいました。歳の離れた者同士が遊ぶための子供なりの
知恵だったと思います。現代っ子の彼らにも伝わっているのが意外でもあり、
嬉しくもありました。

ある時、あめんぼうの少年が広場の真ん中にぽつんと立っていました。他の
少年たちの姿はなく、夕風に髪の毛をくしゃくしゃにした彼は、端から見ていても
痛々しくなるぐらい心細そうでした。それでも彼は決してそこから離れようとは
しませんでした。やがて私は気づきました。彼らは缶蹴りの最中なのです。
私にも経験があります。年少の子に何度も鬼を続けさせて、夕暮れ時になったら
何も言わずに帰ってしまうのです。苛めというほどのものではないでしょうが、
残酷なことには変わりありません。少年は命令を言い渡された兵士のような
愚直さで、ちっぽけな空き缶をいつまでも守り続けています。
声をかけられるものなら「早く帰りなさい」と言ってやりたいぐらいでした。
結局彼は1時間ぐらいそうしていました。私は会議のために席を立ち、
戻ってきた時には少年の姿はありませんでした。やっと家に帰ったのだと
ほっとしました。夕暮れだけの世界で彼らがどこに帰るのかまでは、
その場では考えが至りませんでした。

その公園では季節や天候もどこか狂っていました。「日本全国が快晴」と正午の
ニュースが報じている最中でさえ、柔らかい雨が土の地面を湿らせていました。
少年たちは黄色や青の雨傘をジャングルジムに被せて、即席の秘密基地を造りました。
誰かが放っていった玩具のバケツが、ベンチの脇で寂しそうに雨水を貯めていました。
オフィスの窓の外に木枯らしが吹く季節になっても、子供たちは相変わらず
半袖に半ズボンで、素足で噴水に入って水遊びをしていました。注意するような
無粋な人物は現れませんでした。ゲートボールをする老人も、外回りの
サラリーマンも、遊び疲れた我が子を迎えに来る母親も、公園に付き物の大人は
一度も見かけたことがありません。少年たちの服装も遊びそのものも、
物質的に恵まれた今の子供にしてはあまりにも質素で素朴でした。
この公園はそういうところなのだと、私はごく自然に受け入れていました。
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その内に業務が忙しくなりました。家内の出産などの私事も重なって、
公園のページにはほとんど接続しなくなりました。結局のところ、少年時代の
夕暮れ時は追憶の中にあるからこそ切なく美しいのです。ただ、私にURLを
教えてくれた同僚の方は、別の受け取り方をしていたようです。

真冬のある日のことでした。私の部署ではひどい風邪が流行っていて、同僚も
週明けから休んでいました。無遅刻無欠勤がトレードマークの堅物でしたので、
よほど調子が悪いのだろうと思いました。仕事は相変わらず忙しかったのですが、
この日は段取り合わせに手違いがあり、ぽっかりと時間に穴が開きました。
ふと思いついて、私は久しぶりに例の公園に繋いでみました。
淡いオレンジ色の残光に満ちた画面で、いつもの少年たちが三角ベースの野球を
していました。ただひとつ違ったのは、彼らに新しい仲間が加わっていた
ことです。年少の子と同じぐらいの背丈の少年が、長いバットを勇ましく
振り回していました。きっと最近この公園に来て、彼らと打ち解けたのでしょう。
よくあることです。私は心から少年たちを祝福しました。これで3人対3人で、
あめんぼうなしの野球ができるな、と。

翌日、私は上司に呼ばれました。同僚はその日もまた欠勤していました。
仕事の肩代わりを頼まれるのだろうと思った私に、上司は声を顰めて、
「実はあいつは行方不明になっているらしい。心当たりはないか」と訊きました。
日曜日の朝、家族に「用事がある。夕方までには戻る」とだけ言い残してどこかに
出かけ、それきり連絡が取れなくなったという話でした。警察が捜査したにも
関わらず、同僚の行方は依然として知れません。家庭が崩壊寸前だったらしい
ことや、少なくはなかったローンの支払いのことなど、興味本位の噂がいくつも
流れましたが、私は他の者たちとは全く違う理由を考えていました。

貴方にならもうおわかりでしょう。それは絶対にありえないことです。
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しかし、私は調べるだけ調べてみようと思い立ちました。
調査は簡単ではありませんでした。いくつもの方法を試みては挫折するうちに、
遊具にしても噴水にしても、市役所の担当部署で厳密に管理されていることを
知りました。根気強く問い合わせた末、あの映像によく似た公園がとある場所に
実在することを突き止めました。

明日そこに行ってみるつもりです。私の住んでいる土地からなら、夕方までには
往復できる町です。同僚の行方に関する手掛かりが何かつかめればと思います。
もっとも、「あのベンチや噴水やジャングルジムが実在するなら、この目で
直に見てみたい」という気持ちがないと言ったら嘘になりますが。

私の話はこれで終わりです。
正直、送信するべきかまだ迷っています。恐らく送ってしまうことでしょう。
お返事を書いていただく必要はありません。そちらにお気を遣わせたり、
面倒事に巻き込んでしまうのは私の本意ではありません。ですから敢えて署名は
省略させていただきます。

ただ、貴方にこのような戯言を打ち明けた人間がいたということ、それだけは
心の隅に留めておいていただければと思います。万が一、私が帰れないような
状況に陥ってしまったとして、誰かが私の足取りを真剣に追ったなら、あるいは
貴方のホームページに行き当たるかもしれません。そのぐらい、貴方と私は
近しい存在のように感じております。

それでは、失礼します。
勝手な話を長々と並べ立てましたことをどうかお赦しください。

 

 

追伸
上の文面を書いた後、私なりに悩みました。ここまで打ち明けておきながら、
いちばん肝心なことを伏せておくのはフェアではないように思えます。
恐らく貴方はこの話の真偽を疑っている、あるいは体のいい悪戯だと
思っていることでしょう。面白半分で試してみるのはお勧めしません。
本当にそれが映ってしまった時のことをよくお考えになった上で、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
以下のURLをご覧になるかどうか判断してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログ記事について

このページは、涼元悠一が2017年2月 1日 20:45に書いたブログ記事です。

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